経済活動における自由とは、どこまで許されるのだろうか。
今回は、「転売」という身近な問題を通して、経済活動における自由について考えてみたいと思います。
少年ジャンプ33号に付録として付いた『ONE PIECEカードゲーム』のカードを目的に、雑誌が大量に買い占められ、転売されるというニュースがありました。
転売そのものは、法律上、すべてが違法というわけではありません。
しかし、法律で禁止されていなければ何をしてもよいのでしょうか。
私は、この問題は単なる転売の是非ではなく、経済活動における自由とは何か、あるいは自由はどこまで許されるものなのかを考える入口になると思っています。
商売には一定の自由が認められるべきであり、現代社会も自由市場経済を前提として成り立っています。
だからといって、自らの利益を最大化するためなら、このような行為も含め、何をしてもよいのでしょうか。
需要と供給によって価格が決まることは、市場の原理そのものです。
しかし、その市場原理を過度に利用することによって、本当に必要としている人の手に商品が公平に届かなくなります。その結果、一部の人だけが利益を得て、多くの人が不快感や不公平感を抱くことになります。
このような状況を、私たちはどのように受け止めるのでしょうか。
自由市場経済を前提としている社会なのだから、当然のことだと受け入れる人もいれば、そこに強い違和感を覚える人もいるでしょう。
では、社会全体としてはどうでしょうか。
私たちの社会は、それを当然のこととして受け入れる社会なのでしょうか。それとも、「何か違うのではないか」と感じる社会なのでしょうか。
私は、日本社会はどちらかと言えば、後者の価値観を大切にしてきた社会ではないかと思っています。
一方で、前者の考え方が少しずつ浸透しつつあるようにも感じています。
もし、社会として大切なものが失われつつあるのだとしたら、それはなぜなのでしょうか。
あるいは、社会が変わっていくのであれば、「気付いたら変わっていた」のではなく、私たち自身が十分に考えた上で選択した結果であるべきではないでしょうか。
法律だけで社会は成り立ちません。
倫理、慣習、文化、品格。
そうしたものがあるからこそ、私たちは自由を安心して享受することができるのではないでしょうか。
そういう前提の上に成り立つ「自由」でなければ、健全な社会は保てるでしょうか。
転売ヤーの問題は、私たちに問いかけています。
経済活動における自由とは、どこまで許されるものなのでしょうか。
法律に触れさえしなければ、何をしてもよいのでしょうか。
自由は、法律だけによって守られるものではありません。
社会全体が共有するモラルや品格があってこそ、本当の自由は成り立つのではないでしょうか。
私は、そのような自由を大切にする社会であってほしいと思っています。