愛国心は、法律で育てられるものなのだろうか。
今回は、国旗棄損罪法案について考えてみたいと思います。
私は、国旗を大切に思う気持ちはとても大切なことだと思っています。国旗は国家を象徴するものであり、その国に生きる人々の歴史や共同体への思いとも結びついています。
しかし、だからといって、国旗を傷つける行為を刑罰で規制することが本当に必要なのでしょうか。
国旗そのものの扱いについてだけではありません。
もっと根本には、モラルを法律で細かく定めなければ維持できない社会を目指すのか、それとも法律にしなくても一定のモラルを共有できる社会を目指すのか。という問いがあるように思います。
法律は社会を守るために必要です。
しかし、何でも法律で決めなければならないという考え方には、私は強い違和感を覚えます。
これは裏を返せば、「法律で規制されていなければ何をやってもよい」という発想を助長してしまう危険性もあるからです。
しかも、愛国心とは、本来、刑罰によって育てるものではないでしょう。
国旗を大切にする気持ちも、国家を大切に思う気持ちも、法律で命じられて生まれるものではありません。
家庭、教育、地域、文化、歴史への理解、そして日々の社会のあり方の中で、自然に育まれていくものではないでしょうか。
もし国家を侮辱する者は許さないという姿勢を刑罰で示すことが、愛国心を育てることだと考えるなら、私はそのような国家像には賛同できません。そのような国を誇りには到底思えません。
国家が尊敬されるのは、罰則によって国民を従わせるからではありません。
その国家が、国民から自然に大切に思われるだけの品格を持っているからではないでしょうか。
法律によって国旗を守る国家よりも、国民一人ひとりが自然に国旗を大切に思う国家の方が、私ははるかに強く、美しい国家だと思います。
私は、日本にそのような国であってほしいと思っています。
もちろん、国旗を粗末に扱うことに違和感を持つ人がいるのは当然です。
しかし、その違和感をすぐに刑罰へ結びつけるのではなく、なぜそのような行為が生まれるのか、社会としてどのような価値観を育てるべきなのかを考える方が大切でしょう。
国旗棄損罪法案は、単なる国旗の扱いの問題ではありません。
法律とは何のためにあるのか。
モラルとは、どのように社会に根づくものなのか。
そして、私たちはどのような国家を目指すのか。
この機会に、一度立ち止まって考えてみてもよいのではないかと思います。