日本は「イソギンチャク国家」でよいのだろうか

赤根智子ICC所長への米国の制裁と、それに対する日本政府の対応について考えていると、最後にはもっと大きな問題に行き着きます。
日本は、これからどのような国家でありたいのでしょうか。
米国は日本にとって最も重要な同盟国です。
現在の日本の安全保障を考えれば、日米同盟の重要性を無視することはできません。
しかし、同盟国であるために従属国家になる必要はありません。
日本は「法の支配」を重視すると世界に繰り返し表明し、ICCも一貫して支持してきました。
これは、超大国ではない日本が生き残るためには極めて重要な価値観です。
そのICCの所長が米国から個人制裁を受けたとき、日本政府が世界に向けて発した公式見解は「大変残念」でした。
その裏で様々な外交努力が行われているとは思いますが、世界からはどう見えるでしょうか。
自ら掲げる原則についても、相手が米国であれば明確な意思を示すことができない。
そのような対応を重ねていけば、日本は世界から、米国という大国に付着しなければ生きていけない**「イソギンチャク国家」**だと思われても仕方がないのではないでしょうか。
現在の日本にとって日米同盟は必要です。
しかし、もし現在の日本が、米国の力に大きく依存しなければ自国を守ることができず、そのために米国に対して言うべきことも十分に言えない国家になっているのだとすれば、
これからもその状態のままでよいのでしょうか。
米国に依存せざるを得ないということが現実だとしても、これから永久にそのような立場であり続けてよいのかとは別問題です。
国家間の関係では、軍事力も経済力も大いに関係するでしょう。
しかし、それだけではありません。
「あの国は信用できる」
「相手が強い国であっても、自ら掲げた原則については言うべきことを言う」
「約束したことは守る」
そう世界から思われることも、国家にとって大きな力ではないでしょうか。
そうした信用を失っていけば、日本の言葉に耳を傾け、日本とともに行動しようとする国も減っていくかもしれません。
一つの外交判断だけを取り出して、日本が米国に追随する国家だと決めつけるつもりはありません。
しかし、今回の件は、その他の判断とは比べ物にならないほど重みのある判断だと思います。
日本政府は2016年、赤根氏をICC裁判官候補として指名する際、それが「国際社会における法の支配の推進にも寄与する」と明確に位置付けました。
さらに、2025年に米国がICC関係者への制裁を発表した際にも、当時の岩屋外相自身が「我が国出身の赤根智子所長を送り出している」と述べています。
国家戦略として国際社会へ送り出した日本国民が、その職責を果たす中で外国政府から個人制裁を受けたとき、日本という国家がどこまでその人物を守るのかという問題だからです。
もし、このような判断が積み重なったときはどうでしょうか。
その都度、目の前の強い国との関係を優先し続けた結果、長い時間をかけて築いてきた日本という国家への信用を失ってしまえば、それを取り戻すことは簡単ではありません。
今回の件は日本という国家の信用を失うだけでなく、日本が積極的に推し進めようとしている「法の支配」について、日本の発言力そのものに疑義が生じかねないということでもあるのです。
そして、もし今の日本に、自らの原則を貫くだけの力がないのであれば、
これからその力をどうつくるのか。
そこも考えなければならないと思います。
世界の中で、
「日本なら信用できる」
と思われる国家であり続けられるのか。
必要なときには、最も重要な同盟国に対しても自らの考えを述べることのできる国家でいられるのか。
そして、そのために必要な力を、これから日本はどうつくっていくのか。
赤根ICC所長への制裁問題は、単なるICCと米国の対立ではありません。
日本がこれからどのような国家として世界の中で生きていくのか。
そのことまで考えなければならない問題だと思います。
そして、この問題を今考えるのか、それとも目の前の日米関係だけを考えてやり過ごすのか。その違いは、100年後の日本の姿を大きく変えることになるのではないでしょうか。

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